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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)9119号 判決 1991年11月27日

主文

一  被告は、別紙第二目録記載のマットを製造し、販売してはならない。

二  被告は、前項のマットを廃棄せよ。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  被告は、別紙第二目録記載のマットを製造し、販売してはならない。

二  被告は、前項のマット及びその仕掛品を廃棄せよ。

第二  事案の概要

一  原告ら及び被告は、いずれも、ビル、店舗、学校等の通行量の多い場所の出入口等に敷き泥砂が室内に入ることを防止するために用いられる泥砂防止用マットを販売してきたが、原告らは、原告らの製造販売する別紙第一目録のマット(原告製品)の形態が、原告らの商品であることを示す表示として広く認識されており、被告の別紙第二目録記載のマット(被告製品)の形態が右商品表示と類似し、被告によるその製造、販売行為が、原告製品と出所の混同を生じさせ、不正競争防止法一条一項一号に該当するものであるとして、その差止め等を求めている。

二  原告ミネソタ、マイニング、アンド、マュファクチュアリング、コンパニー(原告ミネソタ、マイニング)は、昭和五〇年ころから、アメリカ合衆国において製造した原告製品(商品名「ノーマッド」)を日本国に輸出し、原告住友スリーエム株式会社(原告住友スリーエム)がこれを一手に輸入して、日本国内で販売してきた(甲一〇、証人金森)。昭和六三年以降は、原告住友スリーエムが、原告製品を製造し、販売している(甲一二、一三、九八)。

三  被告は、昭和六二年四月ころから、被告製品(商品名「リスダンコイルマット」、「コイルカラーマット」)を製造販売している(争いがない)。

四  争点

1  原告製品の形態が、原告らの商品であることを示す表示として広く認識されているか。

2  原告製品と被告製品とが形態において類似し、両者の間に、商品の出所について混同のおそれがあるか。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠によれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 原告製品は、泥砂防止用マットであり、茶、青、赤、黄、緑、グレー等の色彩からなり、ビル、店舗、学校等の通行量の多い場所の出入口、エレベーター内、工場作業場等の床に敷き、泥砂が室内に入ることを防止するために用いられるものであって、その形態は、別紙第一目録のとおり、軟質合成樹脂の線条複数本をもって形成されたコイル状構造体である(甲一、三ないし七、一〇、一一、検甲二、三)。

(二) 原告製品は昭和五〇年ころ初めて日本国内に輸入されたが、その以前に日本国内で製造販売されていた泥砂防止用マットは、裏地の付いた布製マット、すのこ形状の金属製マット、塩ビ製のフラットタイプのマット及び芝状成形のマットのみであり、原告製品のような軟質合成樹脂の線条複数本をもって形成されたコイル状構造体のものはなかった。そのため、日本国内で原告製品の販売が開始された当初、原告製品の形態が取引者及び需要者間において極めて特異な形態であると受け止められ、原告らもこの違和感を取り除くための営業上の苦労が大きく(証人荒木、同金森)、当時の業界誌によりその形態を「ユニークなコイル構造」と報じられるなどした(甲一〇)。右のような構造体の泥砂防止用マットは、被告製品の製造販売が開始される昭和六二年ころまで、原告製品の他に存在せず(甲一四、証人荒木、同金森)、原告製品はその特異な形態から外観上容易に他の泥砂防止用マットと識別できるものである。

(三) 原告製品の販売実績は、販売開始から現在まで約一五年の間一貫して伸び続け、この間の販売総額は二〇億円を超すうえ、その販売先もスーパーマーケットや一般商業ビル、官公庁、公共施設、学校、ホテル、病院、銀行、デパート、工場等人の集来の多い企業等を含め極めて多数に及んでおり(甲九、証人金森)、原告製品は顕著な販売実績を達成している。

(四) 原告らのパンフレットにはカラー写真で原告製品の形態が示され、これらにおいて原告製品の形態上の特徴が認識できるし、また原告らの代理店のカタログにおいても、原告製品の表面の写真が掲載されて、原告製品の形態を感得できるものがある(甲一、三ないし七、一二二、乙六〇の一ないし三)。原告製品は、業界紙の記事に取り上げられ、そこでは原告製品の形態を示す写真も掲載され(甲一〇、一一)、また、原告住友スリーエムは、昭和五一年から同五八年にかけて、業界紙「日本ビル新聞」及び「ビルメンタイムス」や、雑誌「労働安全のひろば」、「新建築」、「設備と管理」、「工場管理」及び「機械技術」、並びにビル建設資材の資料「ベース設計資料」に多数の広告を掲載し、これらの広告中で、原告製品の形態を示す写真を多数使用し(甲一〇、一一、一四、一六ないし五四、五六ないし八一、八三の二、九三、九六、九九ないし一一六)、更に同原告は、昭和五二年から同五六年にかけて、ビルメンテナンス用品ショウやビルメンテナンス資材展において原告製品の展示をしたり(甲八九ないし九二、九五)、問屋等の取引業者に原告製品の現物のサンプルを配付するなどの販売活動を行っている(検甲二、証人荒木)。

右の各事実を総合すれば、軟質合成樹脂の線条複数本をもって形成されたコイル状構造体という原告製品の形態は、その形態の特異性と、販売実績及び宣伝広告等により、原告らの商品であることを示す表示として、原告製品の取引者及び需要者の間において広く認識されていると認めることができる。

2  被告の主張について

(一) 被告は、原告製品と同一又は類似の形状の玄関マットは多数存在するから、原告製品は形態において特異性を有するものではない旨主張して、右主張に沿う証拠として多数の書証及び検証物を提出する。

そこで検討するに、まず、乙四一ないし五〇、八六、八九、検乙四ないし九、一一ないし一三、一五ないし二三の各商品は、形態において一見原告製品と類似するように見えるものもないわけではないが、これら商品はいずれも泥砂防止用マットではないから、原告製品の形態が特異性を有するか、ひいては原告製品の形態が原告らの製品であることを示す表示として広く認識されているかの判断に何ら影響を及ぼすものではないというべきである。次に、乙八〇の一及び二、八四、検乙一、一四、二七ないし三二の各商品は、いずれも日本国内において製造販売されたものであるとは認められないから、原告製品の形態の特異性に影響を及ぼすものではない。乙一五及び検乙三の商品は、サンプルとして紹介されたことは認められるものの、商品として一般需要者に販売された事実は認められないから、同様に原告製品の形態の特異性に影響を及ぼすものではない。更に、乙六〇の四、六三、検甲五、検乙一〇、一四の各マットは、いずれも原告製品とは形態において異なるから、前同様に原告製品の形態の特異性に影響を及ぼすものではない。なお、乙八一、八五、検乙三六の各商品は原告製品そのものであると認められる。

右のとおり、原告製品の形態の特異性について、前記認定を左右するに足りる証拠はなく、被告の右主張は理由がない。

(二) 被告は、原告製品の形態は、天然の苔類や草木の根、麺類を熱湯からザルに上げた形状、あるいは電気掃除機、空気清浄機、モップ、家庭用スポンジや各種清掃用具に付けられたフィルター等のように、弾力性、排水性、保水性、難燃性、染色性や、除去しようとするゴミやよごれを取り除く機能等の点において、原告製品と共通する機能を有する物品と同一又は類似した形態であり、技術上製造可能な範囲で機能の極限を追求した結果得られた機能にのみ由来する形態である旨主張する。

しかしながら、前記のとおり泥砂防止用マット以外の物品と原告製品の形態が類似しているか否かにより原告製品の形態の商品表示としての周知性は影響を受けないというべきであるし、また、原告製品が製造販売される以前には、泥砂防止用マットの形態は「すのこ状」、「芝状」等であり、これらの形態によっても泥砂防止用マットとしての機能は果たされるのであって、原告製品の「軟質合成樹脂の線条複数本をもって形成されたコイル状構造体」という形態は、泥砂防止用マットの機能に由来する必然的形態であるとは認められないから、被告の右主張は理由がない。

(三) 被告は、原告製品の形態は目の粗い立体網状構造を持つ不織布の製造方法に由来するものであり、この製造方法は原告製品の製造販売以前から公知であって、合成樹脂のフィラメントを材料に使用した場合の必然の形態であるから、これと同様の製造方法により製造され、原告製品と同一又は類似した形態の製品も原告製品の製造販売以前から公知である旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、軟質合成樹脂の線条複数本をもって形成されたコイル状構造体という形態の泥砂防止用マットは、我が国内においては原告製品が初めてであるから、被告主張のような不織布の製造方法が公知であり、また被告主張のとおり合成樹脂のフィラメントを材料に使用した場合には必然的に原告製品のような形態になるとすると、このことは却ってこのような形態を泥砂防止用マットに応用したことの着想の意外性ひいては原告製品の形態の特異性を裏付けることになるのであって、被告の右主張は失当である。

(四) 被告は、原告らの宣伝、広告は原告製品の機能、効用を専ら主張するもので、その挿絵も実際に取引者や需要者の目に触れる原告製品の形態ではなく、その断面図を示して機能を説明するものが多く、原告ら自身原告製品の形態の特異性について認識していなかった旨主張する。

原告製品の形態が原告らの商品表示となるためには原告ら自身がその形態の特異性を認識している必要があるかどうかの議論はともかく、前記のとおり、原告らは、原告製品の宣伝広告やパンフレットにおいて、原告製品の形態の特徴を示す写真等を多数掲載するなど、原告製品の形態自体を強調した販売活動を行っていると認められるから、被告の右主張はその前提を欠くものであって、失当である。

(五) 被告は、原告らは原告製品について代理店等が各自の標章を付して市場に出回ることを認めているから、原告製品の形態を原告らの商品表示として管理する意思はなかった旨主張するが、代理店等がその標章を使って原告製品を販売しているからといって、商品の形態自体が原告らの商品表示であることが妨げられるものではないというべきであって、被告の右主張は失当である。

二  争点2について

1  被告の製造、販売する被告製品の形態は、別紙第二目録のとおり、軟質合成樹脂の線条複数本をもって形成されたコイル状構造体であって、原告製品と形態において類似すると認められるので、他に特段の事情がない限り、両製品は商品の出所について混同のおそれがあるものといわなければならない。

2  そこで、右特段の事情の有無について、被告の主張に即して検討するに、被告は、原告製品には「ノーマッド3M」、被告製品には「リスダン」というそれぞれの刻印が押してあり、また、被告は、被告製品の販売にあたり、包装、パンフレットその他の取引書類すべてに被告の製品であることを表示しており、さらに、原告製品と被告製品とは、互いに販売ルートが確立しているから、原告製品と被告製品との間に混同が生じるおそれはないと主張する。

しかしながら、証拠によれば次のような事実を認めることができる。

(一) 原告製品や被告製品には、刻印を施していないものも存在しており(検甲四の被告製品には刻印がない)、刻印を施してあっても小さく、両製品の形態的特徴に比べて受ける印象は著しく弱い。

(二) 被告製品は、その色彩、使用目的、使用場所を原告製品とほぼ共通にし、かつ、原告製品とほとんど同一の特性を有し(甲一、二)、さらに、製品の種類(裏地の有無、フィラメントの直径及び製品の厚さによる区別)や、規格(規格品及びロール又は長尺用という製品の区別とそれぞれの寸法)の点においても、被告製品は原告製品とほとんど対応する形となっており、かつ、対応する製品についてはほぼ同一の価格が設定されているから(甲一一七、一一八)、原告製品と被告製品とは、その実物を見ただけでは、これを取り扱う代理店の者でも区別がつかない(証人荒木)。

(三) 原告製品と被告製品とは、形態だけでなく、色彩、規格及び使用目的等においてほとんど同じであるから、両者は、実際の製品の販売に当たって競合している(証人荒木)。

(四) 被告は、本店所在地及び代表者を同じくする株式会社リスロンの子会社であるところ(証人金森)、右株式会社リスロンは、原告住友スリーエムとの間に、昭和五七年八月二五日に原告製品の販売に関する特約店契約を締結し(甲一二一の一)、その後昭和六三年七月一日に右契約を解約する(甲一二一の二)まで、原告製品を販売していた。

右各事実によれば、被告主張のような刻印の存する点や、包装・パンフレット等に被告製品であることを明示している点が、商品の出所について混同のおそれがあるとの判断を左右するものとは認められないし、また、原告製品及び被告製品の販売先は競合し、取引ルートが確立しているものではないから、この点も混同があるとの認定判断を左右するものとは認められない。被告の右主張は理由がない。

三  また、商品の出所について混同のおそれがある以上、特段の事情がない限り、原告らは、被告による被告製品の製造販売行為により営業上の利益を害されるおそれがあるものというべきところ、右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

四  以上のとおり、原告らの本訴請求は、被告製品の製造販売の差止め及び被告製品の廃棄を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告製品の仕掛品の廃棄を求める点は、仕掛品の形態が不明であるから、これを失当として棄却することとする。

別紙第一、第二目録(省略)

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